「中国寄り」路線を突き進むカンボジア |
この理由は簡単です。海外からカンボジアへの直接投資額は国別に見ると中国がぶっちぎりの一位で、エネルギーや縫製業を含む幅広い産業に多くの中国企業が進出してきています。中国語を話せる現地人材の需要は高まる一方なので、「言葉を覚えて良い働き口を掴もう」と頑張る若者が増えているということだと思います。
投資だけでなく、開発援助においても中国のプレゼンスがますます拡大しています。カンボジアに対する中国の過去20年の援助実績を見ると、バイ(二国間援助)のドナーとしては日本に次ぐ援助額になっています。ただし2011年だけを見れば援助額(推定)は2億ドルを超えていて、日本を抜いてカンボジアの最大の支援国になっています。
中国はなぜ、ここまでカンボジアに投資や援助を注ぎ込んでいるのでしょうか。例えば、同じように急激に伸びているアフリカへの投資や援助の場合は、相手国の指導者を喜ばせておいて、その見返りに石油や天然資源を獲得したり、商業上の利権を確保することが最大の目的になっています。
カンボジアの場合ももちろん同じ目的はあるでしょうが、最近の中国の動きを見ていると、経済的な便益を重視して、というよりも、政治的な動機の方が大きいようにも感じます。
象徴的なのは昨年7月にカンボジアが議長国となって開催されたASEAN外相会合です。中国は尖閣諸島問題で日本と揉めているように、南シナ海では南沙諸島や西沙諸島の領有権を巡ってフィリピンやベトナムなどと対立しています。解決に向けて国際レベルの協議を望むフィリピンやベトナムに対し、中国はあくまで二国間の問題だと言って譲りません。
ASEAN会合では、フィリピンやベトナムが共同声明でこの問題を盛り込もうとしましたが、カンボジアが拒否。結局、声明自体の発表が見送られるという前代未聞の事態となりました。ASEANは2012年中に南シナ海の「行動規範」を設定することを目指していましたが、これもカンボジアの反対で紛糾し、結局実現には至りませんでした。
一連の会合であからさまに中国の利益保全のみに終始したカンボジアを非難する声は大きく、「最悪の議長国」との批判も出ていたようです。
実は2012年前半、中国の首脳はこのASEAN会合を目前にカンボジアにさらなる援助攻勢をしかけ、「2017年までの両国間の貿易額の倍増(50億ドル)」「2千万ドルの軍事援助供与」「4.2億ドルの融資供与」などの計画を次々と発表していました。したたかにカンボジアを買収し、自国の駒として思い通りに動かすことに成功したというわけです。
投資や援助の供与にあたって、内政問題に関する干渉を一切行わないのが中国の特徴なので、きっとフン・セン首相にとってこれほど有難い存在はないのでしょう。国際機関や欧米のドナーがカンボジアに対して「グッド・ガバナンス」や「人権問題の解決」などの要求や圧力を強めれば強めるほど、カンボジアの「中国寄り」路線が強まるという構造になってしまっているのかもしれません。
中国の大規模な投資や援助は、水力発電所や道路、灌漑などのインフラ整備などにも向けられていて、雇用の創出以外の面でもカンボジアの経済発展に大きく貢献していることは間違いないだろうと思います。ただ、その一方で無秩序な開発に伴う環境破壊や人権侵害、汚職や腐敗、労働者の待遇などの問題も枚挙にいとまがありません。
カンボジアの中国依存は当面続くでしょうが、このままのやり方では代償も決して小さくないかもしれません。