繰り返される受難―カンボジア縫製工場崩落事故 |
縫製工場の事故と言えば、先月、バングラデシュでビル倒壊によって1,100名超が死亡する大惨事が起きたばかりです。今回のカンボジアの事故は規模が大きく違いますが、欧米の各メディアは問題の構図はどちらのケースも同じと見ているようで、一斉に大きく報道しています。
事故現場の工場はアシックスが台湾企業との合弁で約1年半前に建設したもので、崩落した中二階部分は資材保管用スペースとして2か月前に後から増設されたばかりだったそうです。詳しい事故原因の究明はこれからですが、資材の重みに耐えきれず崩れたということですから、結局、増設工事自体が安普請だったという話ではないでしょうか。
カンボジアでは工場建設の許認可は都市計画建設省の管轄ですが、増設は認可を得ずに違法に行われたものだそうです。この事故を受けてカンボジア政府は全縫製工場の安全状況を確認すべく検査を実施する方針のようですが、どこまで実効性が期待できるのかはわかりません。
今回、批判の矛先が向けられているのが国際労働機関(ILO)が2001年から実施している「工場改善プログラム(BFC: Better Factories Cambodia)」です。工場労働者の安全確保のために必要な環境整備を行うのは経営者側の責務ですが、カンボジアの多くの工場ではそのために必要な努力や投資が十分に行われていないのが実情です。
BFCはカンボジアの約300の工場の労働環境についてモニタリング調査を実施し、年に2回、報告書を作成していますが、問題のあった工場の名前は公表していません。「このやり方では工場や多国籍企業に問題改善に取り組むインセンティブは生まれない。年間1.2百万ドル(1.2億円)のプログラム実施予算が無駄になっている」との声が労働問題の活動家や政府関係者から出ています。
問題工場の公表の是非はさておき「一体、調査で何をチェックしていたのか」との批判もあるようですが、BFC側の説明によれば、製靴業を対象としたモニタリングは昨年開始されたばかりで、モニタリングの対象となるかどうかも任意とのこと。今回事故が発生した工場は対象外であったうえ、そもそも「工場の建築基準」は検査項目に入っていないそうなので、いずれにせよBFCは事前に今回の事故を予見しようがなかったのではないでしょうか。
カンボジアの縫製工場の労働問題については、H&Mやウォルマートなどの欧米企業を対象に国内外の人権団体がたびたび抗議活動を行ってきていますが、今回の事故に関連しているアシックスは日本企業。
アシックスの社内規定では、生産委託工場は安全な労働環境を整備することを条件としているようですが、事故が発生した工場で事前にどのような形で安全性の確認が行われていたのかは不明です。今後はカンボジアやバングラデシュの縫製セクターで日本企業のコンプライアンスにも厳しい目が向けられていく可能性もありますが、再発防止のためには望ましいのかもしれません。
報道では、亡くなった2名の家族や親戚の声が伝えられていますが、残された彼らも皆、同じ工場で働く労働者だそうで「また事故が起こるかもしれないという不安はあるが、仕事に戻る」とのこと。また、Phnom Penh Postの報道では、死亡した22歳の女性の本当の年齢は15歳で、工場での仕事を得るために虚偽書類を使って年齢を偽っていたそうです。
今日もプノンペンではH&Mが生産委託する縫製工場で屋根の崩落事故が起き、23名の負傷者が出たとのこと。縫製業労働者の労働条件の厳しさについては以前にも何度か書いてきましたが、いかに危険であろうが過酷であろうが、工場での労働は貧しい彼らが生活を維持していくための貴重な収入機会。他に選択肢はないというのが悲しい現実のようです。