カンボジアの反児童売春活動に潜む「秘密と嘘」? |
彼女自身、幼い頃に養父から虐待を受け、12歳でレイプされ、娼婦として売春を強いられた過去を持っていて、その壮絶な体験とその後の活動家としての彼女の闘いを描いた自伝『The Road of Lost Innocence』(邦題:『幼い娼婦だった私へ』)は多くの読者の心を揺さぶり、国際社会でも大きな反響を呼びました。
彼女は1996年にNGO「アフェシップ(AFESIP)」を立ち上げていて、人身売買被害者の救済に向けたこの組織の果敢な取り組みは広く評価されてきています。2007年にはアフェシップを含む複数のNGOの資金的支援のため、ニューヨークにソマリー・マム財団が設立され、米国の企業や著名人からの支持を集めて順調に活動規模を拡大してきています。
ソマリー・マム個人も人権活動家としての功績によってこれまで数々の賞を受けていますし、2009年にはTIME誌の「世界で最も影響のある100人」に選出。かのハリウッド女優、アンジェリーナ・ジョリーが彼女を讃える記事を寄稿しています。
私もソマリー・マムの話をきっかけにカンボジアの児童売春やセックス・トラフィッキングの問題に関心を抱いた一人なのですが、昨日のCambodia Dailyの紙面に彼女に関するショッキングなスキャンダル疑惑が5ページにもわたる特集記事で詳しく報じられているのを目にし、非常に驚きました。
まったく知らなかったのですが、Cambodia Dailyが彼女の疑惑について報じるのは今回が初めてではないようです。過去の関連記事の内容も踏まえると、指摘されている疑惑の要点は以下のとおりになるようです。
1.児童売春被害に関する告白のねつ造疑惑
1998年に仏で放映されたドキュメンタリー番組で、ソマリー・マムに付き添われた14歳の少女が登場し、「プノンペンの売春宿に売られ児童売春を強要された」という衝撃的な過去を告白。同番組は当時まだ無名に近かったアフェシップの活動が一躍国際メディアのスポットライトを浴びるきっかけとなる。
しかし今回の記事で、少女本人が当時の告白はねつ造であり、彼女自身は売春の経験もなく、ソマリー・マムの書いたシナリオに従って演技をしただけだったと証言。少女の両親や妹も、当時家計が経済的に困窮していたために少女をアフェシップに預けただけであり、売春宿に売り飛ばした事実はないと主張。ソマリー・マム本人と財団はこの件に関するCambodia Dailyの取材要請を拒否。
2.殺人被害に関する虚偽証言疑惑
2004年、プノンペン市の警察はアフェシップの情報に基づき人身売買と強制売春の温床となっていたプノンペン市内のホテルに踏み込み、84名の女性や少女を救出。しかしその後容疑者はすぐに解放され、救出された被害者達を保護していたアフェシップの施設が襲撃を受ける事件が発生。
2012年、国連総会でソマリー・マムは「当時の襲撃によって8名の女性や少女が殺された」と発言。しかし発言の信ぴょう性に疑問の声があがり、ソマリー・マムは「襲撃によってではなく、襲撃後、8名の被害者が事件の容疑者とのつながりが考えられる様々なアクシデントで死亡したという意味だった」と釈明。しかし警察は8名の死亡事件について把握しておらず、被害者の名前や詳細も不明のまま。
3.「人身売買組織による報復誘拐事件」のねつ造疑惑
ソマリー・マムは「2004年に彼女の14歳の娘が先の84名の救出事件の報復として人身売買組織に誘拐され、集団暴行されるところをビデオに撮影された」と主張。しかしソマリー・マムの前夫は娘はボーイフレンドの誘いに乗って自ら逃げた結果トラブルに巻き込まれただけで、誘拐話はソマリー・マム財団の資金集め用のマーケティング戦略だと述べ、元妻の主張を否定。
ソマリー・マムは事件解決に内務省の全面的支援を得たとも述べているが、Cambodia Dailyの取材に対し、内務省と警察は彼女の主張する誘拐事件について全く関知していないと回答。
4.児童売春・失明被害に関する告白のねつ造疑惑
アフェシップの活動に関する複数の報道やドキュメンタリーで、ある被害者女性が繰り返し登場し、「幼くしてプノンペンの売春宿で売春を強いられ、抵抗したところ片眼をえぐり取られた」という凄惨な体験を告白。しかしCambodia Dailyの調査では、医療記録や彼女の両親と医者の証言により、眼は幼い頃に患った腫瘍のために病院で摘出されたものであると判明。
両親は「教育を受けさせるために娘をアフェシップに預けただけ」と語り、「売春宿にいた事実は無い」と否定。ソマリー・マムはこの件に関するCambodia Dailyの取材要請を拒否。
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最後の女性の眼の被害に関しては、私も以前にこちらのニューヨークタイムズの報道(英語)を見てあまりの痛ましさに衝撃を受けた記憶があります。この女性の告白が本当に演技だとしたら二重の衝撃です。
もし今回の報道で列挙されている一連の疑惑が事実なら、それはやはりソマリー・マム達が立ち向かっている困難の大きさや、少女や女性達が受けた被害の悲惨さを強調することで世間の同情を買い、支援資金を広く集めるためのものだったのかもしれません。しかし尊く崇高な目的を追求するための手段とはいえ、度重なるねつ造や事実の歪曲で世間や支援者を欺き、当の少女達の尊厳と名誉を傷つけるような行為は決して許されるものではないと思います。
ただ、現段階ではまだ「クロ」だと決まったわけではありません。証言者になっている前夫や警察ですが、前夫とソマリー・マムの現在の関係が良好でないことは確かなようですし、警察と人身売買組織との密接な関係を疑う声も以前から存在します。
セックス・トラフィッキングの被害者やその家族が、世間からの評判や蔑みの目などのセカンドレイプに耐えられなくなった結果、今になって強引に被害事実そのものを打ち消そうとしている、という可能性も絶対に無いとは言いきれません。
今後どういう展開が待っているのか予想がつきませんが、ソマリー・マム本人や財団には取材拒否などせずに疑惑追及の声に丁寧に応え、明確な説明を行って欲しいと思います。下手をすると、このスキャンダルをきっかけとして、カンボジアで児童売春やセックス・トラフィッキングの問題に取り組む全ての団体の活動や主張、報道に不信の目が向けられることにもなりかねません。
この問題への国際社会からの関心や資金的支援が小さくなれば、結果的にもっともダメージを受けるのは救済を必要としているカンボジアの少女や女性達です。
Cambodia Dailyはソマリー・マムが「チャリティー界のセレブ」と化しつつあると印象づける意図なのか、近年、財団幹部への報酬が急激に増加している点も指摘し、ソマリー・マム本人も2011年時点で12.5万ドルの報酬を手にしていると報じています。今、彼女にかかっている責任は非常に大きいのではないかと思います。
(出所:Cambodia Daily)
追記:2014年6月、この疑惑への答えが出たようです。