カンボジア人の体を静かに蝕む「サイレント・キラー(Silent Killer)」(2) |
糖尿病増加の要因
カンボジアの糖尿病に関して懸念されている点の1つは、「やせ型」の人の罹患率が他国よりも高いことにもあるようです。なぜそのような現象が起きているのか、1型・2型の別なくカンボジア人の遺伝的形質との関係性が疑われてはいるものの、原因はまだはっきりとわかっていないとのこと。
一方、こちらのPhnom Penh Postの記事にあるように、(糖尿病を含む)生活習慣病の増加の理由を、最近の経済発展による食生活や生活様式の変化と結びつける単純な見方もあります。
例えば、カンボジアではソフトドリンクやスイーツ類の輸入量は2003-2008年の5年間でそれぞれ50倍、240倍に増加していて、ファースト・フードや輸入加工食品の消費も一気に増えているようです。
カンボジアの食事はどれも味つけが濃いですが、魚醤や化学調味料、醤油など、塩分を多く含む調味料が大量に使われている点も生活習慣病への影響が大きいと考えられています。WHOの調査(2010)によれば、都市部の住民の27%が肥満で、33%が高コレステロール。国民の84%は果物や野菜の摂取量が不足しているという結果が出たそうです。
興味深く感じたのは、ここ数十年の間に人々が機械で精米された「白米」を食べるようになったことが糖尿病増加の最大の原因だという意見です。「農村地域でなぜこれだけ多くの熟年層の農家が突然糖尿病を患うようになったのか、他の原因では説明がつかない」とのこと。
カンボジアは米食中心の文化です。私もカンボジアに来たばかりのころ、食堂に入る度に大量のご飯が際限なく皿に盛りつけられるのを目にして、「ここの人は一度の食事でこんなにお米を食べるのか」と驚いた記憶があります。
研究者の間でもまだ論争はあるようですが、昨年は学界で「白米消費量が増えるほど糖尿病の発症リスクが高まる」という研究結果が発表されています。米の品種によってもリスクの大きさは異なるとは思いますが、米に限っては都会も農村も他の食べ物ほど消費量に格差がない気がします。農村地域の糖尿病増加の「白米」要因説は一理あるのかもしれません。
「玄米食」の普及可能性
そこで、糖尿病の予防や治療の手段としては、白米より血糖値上昇リスクが低い玄米食の普及可能性に注目が集まっているようです。ただし、まだ世間一般からの関心も需要も低いため、市場や食堂で玄米を見つけ出すのは難しく、販売価格も白米より4割程度高くなります。
「白米に比べて甘味がない」「調理に時間がかかり、そのため燃料ももっと必要になる」といった点も玄米が多くの人から敬遠される理由になっているようです。飢餓に苦しんだ内戦時代は唯一の食の選択肢が玄米だったことから、古い世代には未だ玄米にネガティブなイメージを抱いている人々もいるとのこと。玄米=健康食という認識がカンボジア国内で広く浸透するまでにはまだ時間がかかるのかもしれません。
貧困コミュニティ向けのヘルス・ボランティア・プログラム
前回挙げた「適切で安価な糖尿病の診療を受けられない」「診療の経済的負担が大きい」「長期治療からのドロップアウト率が高い」といった問題への対策に関しては、MoPoTsyoというNGOが都市部のスラムや農村地域の貧困コミュニティの糖尿病患者向けに行っている支援が注目を集めています。
このNGOは、各地で糖尿病患者を「ピア・エデュケーター(Peer Educator)」と呼ばれるヘルス・ボランティアとして養成。このボランティアを通じて、コミュニティ内の他の患者や住民向けに血糖値の検査、食事・体重管理やエクササイズに関するカウンセリングなどのサービスを、毎週参加者の都合のよい時間帯に合わせて「現地で」提供しています。
このプログラムにより、患者は通常の通院治療では大きな負担になる「①旅費」と「②検査費用」、そして通院時間で奪われる「③機会費用(所得)」の3つのコストを削減することができます。ピア・エデュケーターが医師と患者をつなぐ連絡役となったり、医薬品回転資金を通じて安価なジェネリック薬品にアクセスできるよう、支援を行っている例もあるようです。
コスト面だけでなく、同じ境遇にある患者たちと定期的に顔を合わせて議論や情報共有を行い、楽しみながら予防や長期治療に取り組めることも患者にとってメリットや活力になっています。MoPoTyoは今のところ5州を活動対象地として100名以上のピア・エデュケーターを養成し、7,000名の糖尿病患者がそのネットワークに参加。推定50万人による糖尿病の自己検査を実現してきているそうです。
他の団体にも、子供たちを起点に糖尿病のリスクに関する理解を家族や大人に浸透させることをねらい、学校で子供向けの栄養教育に取り組んでいるところもあるようです。
カンボジア政府も近年は生活習慣病対策の重要性を認識し、新たに策定中の国家保健戦略計画(Health Strategic Plan)では生活習慣病にフォーカスを当てようとしているようです。政府の保健予算の大部分は、長らく世界銀行などの複数の外国ドナーからの財政支援に依存している状態ですが、そこから生活習慣病対策に配分される予算も15%まで増加したとのこと。
限られた予算を使って公的部門でこれから具体的にどのような対策が強化されようとしているのか承知していませんが、MoPoTsyoのようなNGOの活動から学ぶべき点も多い気がします。
(参考)
・The guardian-"Cambodian diabetics see lives transformed through peer support"