人は誰でも虐殺者になりうる-『The Gate』 |
この映画の原作は、フランスの民俗学者、フランソワ・ビゾが自身のカンボジアでの体験を著した同名ノンフィクション。監督は、カトリーヌ・ドヌーブ主演の代表作『インドシナ』で知られるレジス・ヴァルニエです。
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・『The Gate』 (2014年、仏/ベルギー/カンボジア)
(原作のあらすじ-Amazonより引用)
1971年、著者(フランソワ・ビゾ)はクメール・ルージュによって捕えられ、CIAスパイの容疑で収容所に繋がれる。死の恐怖を賭して向き合う著者と収容所長-のちに『処刑者ドゥイチ』の異名で恐れられる男。ふたりのあいだには、いつしか奇妙な友情が生まれる・・。
1975年、プノンペンは陥落し、フランス大使館には千人を超える外国人が籠城する。門前には、保護を求めて殺到する人びとの群れ。通訳として大使館とクメール・ルージュとのあいだに立ち、著者は『門』をはさんでくり広げられるさまざまな悲劇の証人となる。
人はだれでも虐殺者になりうる―極限の状況下から、著者は人間の本性を告発する。
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プノンペンにあるトゥール・スレン収容所(S21)はクメール・ルージュ時代に少なくとも1.2万人の人々が凄惨な拷問を加えられて虐殺された場所です。所長として虐殺を指揮したカン・ケク・イウ、通称ドッチ(※原作の表記はドゥイチ)は、約30年後のクメール・ルージュ裁判で初の被告人となり、終身刑が確定。現在、服役中です。
私は原作の邦訳版(『カンボジア運命の門―「虐殺と惨劇」からの生還』)を昔読みましたが、この実話のなかでは残虐で怖ろしい冷血漢であるはずのドッチが、囚われた著者のためにある行動に出ます。本作の主題の1つはこの部分にあるのだと思いますが、私はドッチという男の行動原理や人間性をどう理解すべきなのかわからず、複雑な読後感を抱きました。
カンボジア 運命の門―「虐殺と惨劇」からの生還
また、原作では描かれない後日談ですが、ドッチはクメール・ルージュ政権の崩壊後から行方知れずとなり、約20年後にタイ国境の森の中で所在を突き止められたときには敬虔なクリスチャンに変貌していました。国連やワールド・ビジョンなどのNGOとの難民支援事業に精を出し、「私の魂はイエスのもの」だと語る人物になっていたのです。
著者の体験はドッチの話だけにとどまりませんが、原作はおそらく「人は誰でも虐殺者になりうる」というテーマについて読者の多くが考えさせられる内容。これが映画ではどう描かれることになるのか、期待大です。
映画の後半の舞台はプノンペンのフランス大使館ですが、実際の撮影にはバッタンバン州の州庁舎が使用されたそうです。他にも市内のレストランなど、バッタンバン市内の古いコロニアル調の建物がセットに使われているようなので、バッタンバンをよく知る方は別の意味で楽しめるかもしれません。
ちなみに原作の邦訳版は(私にそれを楽しむ文学的センスがないだけかもしれませんが)、まわりくどい修辞的な表現が多く、仏で多くの賞を受賞しているという作品のわりに読みづらい本でした。「なかなか読み進められずイライラするけど、内容は面白い」という悩ましい一冊です。