カンボジアの経済成長に影を落とす人権侵害 |
プノンペン・ボレイケイラ村の住民、強制退去(1月):建設企業が商業開発のために村の土地の取得を計画。住民への補償として移転先のアパートを建築するはずだったが、一部の建築を中止。やむなく居残った住民を警察が包囲し、衝突。約200名の住民の家屋が強制撤去され、住民8名を投獄。
環境活動家、射殺(4月):コッコン州の森林で、環境活動家のチュ・ウッティ氏が違法伐採の実態を調査していたところ、憲兵に拘束され、射殺。真相は不明のまま。ウッティ氏は企業による自然保護区の違法な森林破壊や政府の不正関与を敢然と非難する活動家として知られていた。
クラチェ州・ブロマ村の少女射殺(5月):ゴム園開発のために政府から村の土地を取得した企業と、立ち退きを迫られた住民との対立が深刻化。村を封鎖した警察と軍が数百人の住民に発砲し、巻き込まれた少女(14)が死亡。政府は「村内に政府からの分離独立を企てる陰謀があったため」として武力行使を正当化し、住民8名を逮捕。
プノンペン・ボンコック湖の住民女性13名、逮捕(5月):与党議員が幹部を務める中国系企業が不動産開発のためにボンコック湖の用地を取得し、埋め立て。強制移転させられた住民女性が抗議のデモ集会を開き、警察に逮捕。13名が裁判で禁錮2年半の実刑判決を受け、投獄。
反政府派のラジオ局オーナー、逮捕(7月):民主・人権活動組織「Association of Democrat」の代表で、反政府報道で知られるラジオ局オーナー、モン・ソナンド氏を逮捕。容疑は少女射殺事件が発生したクラチェ州の村の分離独立運動を扇動したというもの。10月、証拠不十分のまま禁錮20年の実刑判決を受け、投獄。
オバマにSOSメッセージを送った住民8名、逮捕(11月):プノンペンの空港拡張のために強制立ち退きを迫られた住民が、ASEAN会議出席のために訪問予定の米国のオバマ大統領の目にとまるよう、自宅の屋根に「SOS」のメッセージ。警官数十名が現場に駆けつけ、8名を逮捕。
このように人権侵害が深刻化した要因の1つは、2001年に政府が導入した「経済的土地コンセッション(ELC)」という土地制度にあると言われています。ELCは、主にアグリビジネス促進のために民間企業に国有私用地(State Private Land)を最長99年間貸付けることを認めるものです。
制度の導入で政府から企業への土地の移転が激増。既に国全体の農地面積の5割を超える約200万ヘクタール超の土地(地図の赤いゾーン)がELCを通じて企業の手に渡ったとの報告もあります。中国やベトナムなどの外国企業、政府与党とつながりの深い国内企業が目立ちます。
民間投資を促進する手段としてのELCの効用は否定すべきものではないはずですが、問題はルールを逸脱する形の不正な認可や乱開発がまかり通り、弱者である多数の一般住民が一方的に犠牲を強いられていることだと思います。
事前の環境アセスメントや住民との協議が行われなかったり、法廷の上限面積(10,000ha)を超える土地の取得が許されたり、といったケースが多発しています。司法の機能不全も深刻で、住民との衝突が起きた場合は常に政府に有利な判決が一方的に下される状況になっています。
このような状況に対して、内外の人権団体だけでなく、国際社会からのカンボジア政府に対する批判も高まっています。
世銀は既に2011年にボンコック湖の住民移転問題への政府の対応を非難し、カンボジアへの新規融資を凍結。国連の人権委員会でも、ELCにまつわる広範で深刻な人権侵害の存在を認める特別審査官の調査報告が提出されました。米国のオバマ大統領も、人権侵害や土地の強制収用を止めるよう、フン・セン首相に直接圧力をかけたと伝えられています。
こうした批判に押されてか、政府も不十分ながら対策を出し始めてはいます。昨年5月にフン・セン首相は新規のELCの一時凍結を発令。6月には数千人のボランティア学生が、これまで所有権の所在が不明確だった土地の測量要員として動員され、全国各地の住民に新たに11万の登記書が発行されています。また、先日のプノンペン・ポスト紙の報道では、政府は全国のELCのうち、紛争が生じている計25万ヘクタールの土地を企業から住民に返還させる方針を打ち出したようです。
人権問題の根は深く、そう容易に解決に向かうとは到底思えませんが、単なるポーズに終わらない本気の取り組みが進められていくことが望まれます。