忍耐の時?-停滞が続くカンボジア株式市場 |
やや見づらいですが、下のチャートとグラフはそれぞれ現在までの相場の値動きと売買高を示したものです。国有企業「プノンペン水道公社(PPWSA)」の株式が上場第1号となり、IPO(新規公開)で市場が盛り上がったのは最初の数週間のみで、その後は株価も売買高も落ち込んだまま低迷。時には全く売買が行われない日もあり、当初、市場を包み込んでいた興奮も今はすっかり冷めきってしまったように見えます。
カンボジア経済の好調が伝えられるなか、株式市場だけが成長の波から取り残されてしまっている理由は何なのでしょうか。
もっとも単純で大きな問題は、依然として上場企業がプノンペン水道公社、1社のみにとどまっていることにあります。せっかく株式市場が誕生したと言っても、投資対象が1銘柄のみでは売買が増えないのも当然です。当初はすぐにも「テレコムカンボジア」「シアヌークビル港湾公社」の2つの国有企業のIPOが続くという話でしたが、結局のところ未だに実現に至っていません。
「テレコムカンボジア」に関しては、ほどなくして2011-12年度決算の連続赤字、多額の累積損失(5700万ドル)が表面化。CEOが横領疑惑で辞任に追い込まれるというスキャンダルまで発生しました。上場には過去3年間の業績黒字が条件とされているため、IPOの実現は既にかなり遠のいたことになります。
「シアヌークビル港湾公社」は日本の円借款で経済特区(SEZ)の開発を進め、日本のSBI証券傘下のSBIロイヤル証券がIPOの主幹事を務めています。このため日本からの注目度は特に高いと思いますが、IPOに向け準備中という情報があるだけで、今後のタイムフレームは不明。この2社以外にも複数の企業の新規公開の可能性が報道されてきていますが、まだどれも現実化していません。
とにもかくにもなんとか上場企業の数を増やしていくことがカンボジアの株式市場発展に向けた第一歩、ということだと思いますが、最近の報道によればその実現に向けては課題も存在するようです。
一つは、カンボジアの企業にとって株式市場もIPOも全てが未知の世界であるという点です。テレコムカンボジアの例で明らかなように、上場を果たすには過去3年間の財務内容に関する厳格な審査を経る必要がありますが、緩いビジネス環境に慣れきったカンボジアの企業が複雑なIPOプロセスを理解し、国際標準に沿った要件をクリアするのは簡単なことではありません。
「そもそも財務書類をまともに作成した経験がない」という企業も多く、仮に財務内容に問題が無かったとしても形式を整えること自体が至難の業。厳格過ぎる審査基準が上場企業の増加を阻むとの懸念から、財務内容の審査を3年分ではなく1年分に緩和する、といった対策を求める声も出ているようです。
もう一つの障害として、税制面のインセンティブの不足も指摘されています。カンボジアの法人税率は20%ですが、上場企業の場合は18%に優遇されるそうです。法人税率がやたら高い日本の基準から考えれば十分な対応のようにも思えますが、「わずか2%の差では企業にとって魅力的とはいえない」「企業の参加意欲を高めるためのインセンティブがもっと必要」という見方があるようです。
最近の市場での外国人投資家による売買比率は約30%だそうです。中国人投資家の増加は顕著のようですが、より多くの外国人を呼び込むうえでは、上場銘柄数の他にも課題があります。
一つは取引の利便性の問題です。カンボジア証券取引所は、日本のように市場が開いている間、いつでも継続的に取引可能というわけではなく、一日の取引機会は6回しかありません。取引方法もブローカーを介して注文を出し、結果を後で知らされるという形になり、一度買ったら二日間は売却できないというルールもあるそうです。
また、現在上場中のプノンペン水道公社は国有企業であるため発行株式の85%は財務省が保有しています。今後、仮に他の国有企業の上場が続き、市場全体の株式の総数が増えていったとしても、その大半を政府が保有するのであれば、実際の市場取引の規模は見かけよりもずっと小さいままになるかもしれません。
こういう取引環境では市場参加者は「売りたいときにすぐに売れない」という事態に直面しやすく、特に相場の急落局面で希望価格での売買が成立せずに大きな損失を被るリスクも高まります。このように「高い流動性リスク」が存在する間は、外国人投資家の大幅な増加はそう簡単には期待できないのかもしれません。
他方で望まれるのはカンボジアの国内投資家の増加ですが、現在、カンボジアの富裕層による投資と言えば土地や不動産に関する投機的取引が主流。「株式投資」に関する理解と慣行が浸透するにはこれから最低でも数年は要するとの見方が強く、こちらのハードルも決して低くないようです。
悪い材料ばかり並べてしまっていますが、The Phnom Penh Postには、こうした悲観的な見方を否定する意見も紹介されています。カンボジア市場の発展のスピードは確かに遅く、課題もありますが、これは何もカンボジアに限った話ではなく、株式市場の新規創設にあたって多くの新興国が同じように辿ってきた道だとも言えるようです。
周辺国を見渡しても、2011年1月に開始されたラオスの証券取引所の現在までの上場企業数は2社のみ。ベトナムのホーチミンで2000年に株式取引が開始された当時の上場企業数も2社のみだったそうですが、現在は300以上に達しています。現在のカンボジアの状況は、1990年代の中国の株式市場の草創期を見るようだ、との意見もあります。わずか1年やそこらの状況でカンボジア株のパフォーマンスをどうこう評価すること自体が時期尚早ということなのかもしれません。
実現するのかどうか、うかつには信じられませんが、今のところ台湾資本の民間の衣料品メーカーである「グランドツインインターナショナル」と「TYファッション」のIPOが間近だと言われています。市場関係者にとって忍耐の時期は当面続きそうですが、カンボジア証券取引所が地道に上場企業数を伸ばし、市場の活性化につなげていくことを期待したいと思います。