カンボジアの孤児院を訪れる前に知っておきたいこと(2) |
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4.子供たちのプライバシーを軽視している
カンボジアには、前回触れたようなビジネス目的ではなくとも、旅行者の訪問を積極的に受け入れている孤児院は多くありますが、この点にも「子供たちのプライバシーを守り、安心感を与えるという意識が欠けている」との批判があります。ただ、非難の矛先はどちらかというと、主に先進国からやってくる訪問者の方に向けられているようです。
そもそも先進国の社会では通常、子供たちのプライバシー保護の観点から、孤児院や児童養護施設への外部者の自由な訪問は許されていません。「カンボジアの孤児院の子供たちはみな屈託のない笑顔で訪問者を歓迎している」「子供たちにとっても心の交流は重要」との意見もあるでしょうが、大人たちが気づかないところで「自分は観光客のための見世物じゃない」「知らない他人に自分の居場所にあがり込まれたくない」と感じ、ストレスを抱えている子供たちは少なからずいるかもしれません。
訪問者の意識に「自分の国では子供たちへのプライバシーへの配慮は必要だが、カンボジアではそこまで敏感になる必要はない」という考えがあるとしたら、それは傲慢な気もします。
カンボジア国内ではUNICEFの後援で「(孤児院の)子供たちは旅行者向けのアトラクションではない」との注意を喚起する啓蒙キャンペーンが展開されています。多くの児童養護分野の専門家の意見も「旅行者は孤児院を訪問するべきではない」という点で一致しているようです。
5.子供たちの情緒の発達や安定を妨げている
孤児院や児童養護施設の本来の役割は単に衣食住を提供するだけでなく、子供たちの心身の健全な成長と発達を保証していくことにあるはずです。これはカンボジアに限った話ではないかもしれませんが、その機能を果たせていない施設に対する批判もあります。
カンボジアの孤児院の多くは慢性的にスタッフが不足していて、子供たちひとりひとりに対して十分なケアを提供できていません。子供たちの社会面、精神面の健全な発達のためには、特定の大人と親密な信頼関係や愛着関係を築き、それを安定的に保つことが重要だと言われますが(=愛着理論)、それができずに子供たちが精神的に何らかの問題を抱えこむケースが見られているようです。
「だからこそボランティアの助けが重要なのでは」と考えがちですが、「短期のボランティアはむしろ有害」という指摘もあります。ボランティアは子供たちに愛情を与えようと献身的に尽くし、一時的には親密な絆を作り出すことができるかもしれませんが、やがて去る身。いなくなれば絆は失われ、子供たちの心に深い喪失感が残ってしまう、という問題があるからです。
スタッフやボランティアが頻繁に入れ替わるような施設で暮らす子供たちは、不特定多数の大人を相手にこのような喪失体験を幾度となく繰り返すことで、結果的により複雑で深い傷を心に負うようになり、情緒不安定に陥りやすくなってしまうとの弊害が指摘されています。
孤児院によっては、実際に「大人に執拗に絡み、愛情を独占しようとする」「自らの体を傷つける」「感情の起伏が激しく、攻撃的な態度をとる」といった問題行動を示す子供たちの姿が見られます。特定の大人との安定的な愛着関係が築けないような養育環境が続けば、子供たちの情緒不安は慢性的なものとなり、人格形成にも影響することになります。
6.一般社会への適応が困難になる
孤児院を退所した後、自立や一般社会への適応に困難を感じる子供たちが多い、という点も問題視されているようです。
特に欧米系の孤児院で、欧米の文化やキリスト教的価値観に基づいた外国語での養育が行われている場合、大半の子供たちはカンボジアの仏教文化に根差した社会生活に復帰する際に困難を経験している、との報告があります。日本人が運営に関わる孤児院で「カンボジア的でない」養育を受けた子供たちにも似たような問題は起こりうるかもしれません。
そのような特例は除いて考えたとしても、孤児院での集団生活に慣らされてしまった子供たちが「一般社会で育ってきた他人と自分は違う」「自分の存在は地域に受け入れられていない」という社会的疎外感を感じるケースは普遍的に見られるようです。退所後にそのまま自分が育った施設のスタッフとして働き続ける子供も観察されますが、「外の世界に出ることに対する恐怖心」がその要因として働いている可能性もあります。
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日本でも保護者のない子供や被虐待児童など家庭環境上養護を必要とする子供の数は増加していますが、可能な限り家庭的な環境において安定的な人間関係の下で育てることが望ましいとの考えから、従来型の大きな児童養護施設ではなく、ケアの小規模化、個人住居で養育を行うファミリーホームや里親委託制度などが推進されるようになっています。
カンボジアの社会福祉省も、孤児院にまつわる様々な問題を踏まえ、やはりコミュニティ・ベースや家庭的な環境でのケアを優先すべきであると規定しています。UNICEFを含む支援組織も、決して「親のいる子が孤児院にいるのはおかしい」などという短絡的な主張を展開しているわけでなく、孤児院はあくまで「最後の選択肢」として検討されるべきだと述べているようです。
また、UNICEFの調査では、「カンボジアで子供たちが孤児院に預けられる理由」には様々あるなか、最も大きな要因は教育にあることが明らかになっています。「もし我が子の学費を支払えない状況になったら、子供を孤児院に入れる」と回答した家庭は調査対象者の90%超。「子供を食べさせられないから」ではなく「なんとか教育を授けて将来の道を開いてやりたい」との思いから、泣く泣く孤児院に子供を託している親も多いということになります。
このような貧困家庭に対してまず提供されるべきなのは、孤児院という選択肢ではなく、養育者の収入創出支援やこちらで試みられているような就学支援かもしれません。現金給付については親による使い込みリスクを懸念する声もあるかもしれませんが、現金ではなく物資で渡す、クーポンを使うといった対策も検討価値はあるのではないかと思います。
カンボジアの孤児院にまつわる一連の議論は、善良な目的で外部からの寄付金を頼りに運営されている施設の存在意義や努力までも頭ごなしに否定するものではなく、また十把一絡げに孤児院への訪問やボランティア活動の実施を非難するものでもないと思います。
しかし、繰り返しになりますが、これから孤児院を訪れようという方、支援や運営に関わろうという方は、対象となる施設や子供たち、あるいはコミュニティがどういう状況に置かれていて、自分のとる行動がどのような影響を与える可能性があるのか、一度立ち止まって考えてみる必要があることは確かだと思います。
※追記:この国の孤児院事情については、おそらくこちらが一番勉強になります。
・『カンボジアの潰れかけの孤児院から学ぶ』(2013/10/26)