現代の奴隷船-増加するカンボジア男性の人身売買 |
カンボジアの子供の人身売買は比較的知られている問題ですが、注目されるのは若い成人男性の被害です。IOMの発表によれば、2013年は年初の2か月間だけで累計26名のカンボジア人男性が人身売買の被害者として海外で見つかり、保護されたそうです。彼らの平均年齢は31才。半数はコンポン・チャム州の出身者だったとのこと。
大人の男性が人身売買の対象になるなんて、国内で拉致にでもあったのかと想像してしまいますが、そうではありません。実はこの問題と深く結びついているのが前回のタイでの不法就労の話です。
典型的な例を挙げると、被害者になるのはカンボジアの貧しい農村地域の男性で、彼らはまず村にやってきたブローカーに「タイに出稼ぎに行かないか」という話を持ちかけられます。仕事の内容は農業や漁業、工場労働など千差万別ですが、「高い収入が得られる」「パスポートが無くても問題ない」との誘いに乗った被害者は、ブローカーの手引きで国境を越え、不法就労者としてタイに入ります。
タイ国内のどこかの港に到着し、同じく出稼ぎ機会を求めてやってきた他の男性たちと合流。全員で漁船に乗り込まされ、遠い海へと連れ出されたとき、被害者は自分が騙され、タイの悪徳水産業者に事実上の奴隷として売られてしまったことに気づくのです。
彼らは毎日、銃を持った業者に狭い漁船内で20時間以上の無給労働を強制されることになります。命令に従わなければ殺すと脅され、日常的に暴力を振るわれ、実際に殺される者も出てきます。
最小限の食事と睡眠しか与えられず、夜は船底のキャビンに閉じ込められ、容易に逃げることはできません。病気にかかっても薬はなく、弱った者は夜中に海に投げ捨てられます。この「奴隷船」は沖合で他船から燃料や食料補給を受けたり、漁獲物を受渡したりすることができるので、長期間、寄港することなく航海し続けることになります。
実際に被害に遭った人達の「3年間、一度も陸地を踏むことなく船内に囚われ続けていた」「まさに地獄だった」といった告白はまるで都市伝説のようですが、度重なる報道や調査報告が示すように、このような犯罪はタイの遠洋漁業の世界で今も現実に起こり続けているのです。
被害者は運よく航海先で逃げ出すなりして保護されることが多いため、犯罪は色々な国で発見されることになりますが、温床となっているのは常にタイの水産業のようです。被害者が見つかって事件が表面化するケースは氷山の一角に過ぎず、同様の人身売買が何千人という規模で発生しているという可能性も捨てきれません。
タイ政府がカンボジア人やミャンマー人などの不法就労の解消に躍起になっている背景の1つには、この人身売買問題の存在があるようです。カンボジアの農村地域では非正規ルートでタイに出稼ぎに出ることを希望する若者が絶えないようですが、その実現には奴隷船の囚人になるリスクも伴うのだ、という事実も、もっと広く認知される必要がある気がします。